要旨

ナショナルな記憶を解きほぐす―「ホロコーストと再生」のモニュメントを中心に

宇田川彩(京都大学・日本学術振興会)


 本発表は、モニュメントに表象される歴史と、アート作品により与えられる現代的な解釈の交錯する場について検討する。事例として取り扱うのは、イスラエル南部の「キブツ・ヤド・モルデハイ」にある「モルデハイ・アニレヴィチ像」である。モルデハイ・アニレヴィチは、ナチス占領下のポーランドにおいてユダヤ人による唯一の武装蜂起、「ワルシャワゲットー蜂起」の英雄として語られる。キブツ・ヤド・モルデハイのアニレヴィチ像は、手榴弾を右手に、キブツ運動が理想化した肉体労働者として1951年に建立された。このキブツは、1948年の「独立戦争」におけるエジプト軍との交戦を経て奪還された地であり、「(ディアスポラにおける)ホロコーストから(イスラエルの地での)再生へ」という当時のイスラエルが掲げた理想が投影されたのである。小高い丘にそびえるアニレヴィチのふもとの広場では、毎年「ホロコースト追悼日」に国内最大規模のセレモニーが行われ、政治家や外交官なども参列する。

 このように、モニュメントという空間の周辺では―当初、アニレヴィチ像を設置したキブツメンバーの目論見とは無関係に―「ホロコーストから再生へ」というナショナルなナラティブが再生産され続けているように見える。

 他方、同時代のアート作品に目を向けた時、アニレヴィチ像を中心として構築された記憶の場を揺るがす、異なる解釈と呈示が見て取れる。ここで事例とするのは、2015年にMichal Bar Orがキブツ内のギャラリーで行った“Abandoned Property (Rechush Natush)” という展覧会である。彼女は、制作過程において1948年戦争についての史料をキブツ・アーカイブで探究し、それが不在であることを知った。そこで、モニュメントや博物館に呈示される歴史/記憶ではなく、その不在自体をテーマにした作品を制作することを決めたのである。展示内容は、キブツ建設とともに「追放」されたかつての近隣アラブ村から持ち出され、キブツで現在も使用されている物品を撮影し、実物とともに展示することであった。これは、ホロコーストからイスラエル建国へ、というナラティブを覆し、モニュメント・アーカイブにおける不在を明らかにするという意味で画期的なものであったが、キブツ内部でも論争を引き起こした。

 今後の課題としては、@モニュメントが表象する歴史 Aある/不在のアーカイブ資料によって語られる歴史 Bカウンターモニュメントとしてのアート作品との間の関係を理論的に探究することに合わせ、キブツで展示を行った他の作家に対してもインタビューを進めることが挙げられる。

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